「人はこの世に学びに来ている。困ったことは起こらない。それは学ぶときがきたということ。」
妻が娘を連れて自宅から逃げ出し、1年半月経過した。
まだ、妻と直接連絡することはできていない。
逃げ出した理由は、私の妻に対する暴力的言動の結果。
そのことを認識するまで、私は時間がかかった。
逃げ出してから数か月間、私は毎日イライラしていた。
勝手なことしやがって。いつ帰ってくるんだ。等、私の妻に対する怒りは収まらなかった。
数か月後、妻の代理人弁護士から離婚調停の連絡がきた。
妻の離婚に対する意思は強いということ。
その現実を突きつけられて、私はこれまで妻にしてきたことの振り返りをした。
家事、育児を妻に押し付け、自分は好き勝手振舞っていたこと。
妻の発言に気にいらないことがあれば妻を怒鳴りつけ、自分の意見に従うように仕向けていたこと。
身体的暴力を振るわなければDVでないだろと私は居直っていたこと。言葉の暴力もDVである。
妻と結婚するときに「妻と一緒に協力して生きてく。共に幸せになる。」と誓った。
しかし、結婚してから2年、3年経つにつれ、私は妻の気持ちも考えずに自分の欲を妻に押し付け、妻を苦しめていた。
私は、自分の妻に対する行動への罪悪感もなく、自分勝手に振舞っていた。
その後、突然の妻、娘との別居。妻からの離婚の申し立て。
私の頭の中は、妻に対する怒り、これから起こることへの不安 等 様々な感情で混乱していた。
自分の妻に対する暴力的言動について認識するようになった頃、
偶然インターネット検索で たんとすまいるDV加害更生プログラム の存在を知った。
そして、参加し学び始めた。
プログラム教材からの学び、気づき、参加メンバーの振り返り、
自分の発言に対する参加メンバーからの指摘。
自分一人で振り返りをしていたときよりも、多くの学び、気づきがある。
たんとすまいるグループ参加プログラムで学び始めてから、ある言葉を思い出した。
「人はこの世に学びに来ている。困ったことは起こらない。それは学ぶときがきたということ。」
この言葉は、私が過去に八方ふさがりの状態でどうしようもないとき、
偶然、出会った本に書かれていた。
この言葉を知り、気持ちが楽になり、そのときの状況を変えていくことができた。
現在の私は、困った状況ではない。学ぶときがきたということ。
妻が娘を連れて自宅から逃げだしたのは、私が妻に対して選択した行動の結果。
暴力的言動を手放すのは一生かかること。
私は妻に対して選択した行動を振り返り、暴力的言動を手放す学びを続ける。
そして、日常生活で私と関わる人と良い関係を築く為、私は学び、気づいたことを行動する。